デジタルツインとは?
皆さんは『デジタルツイン』という言葉をご存知でしょうか? 直訳すると『デジタル双生児』。何とも理解し難いこの言葉、一見すると仮想現実メタバースや生成AIのような、これまでにない最先端テクノロジーによってもたらされた新時代デジタル概念かのように思えます。
しかし起源を辿ってみると、それは昭和45年、今から50年以上も前にNASAによって行われた、かの有名な有人月面着陸計画アポロ13号にありました。当時はまだインターネットも普及しておらず、スマートフォンはおろか携帯電話もない時代、どのようにしてこの不思議な言葉『デジタルツイン』は誕生したのでしょうか?
※本記事は公開情報をもとに作成しており、NASAによる承認・監修を受けたものではありません。
※本記事内に記載されている会話、通信の内容は、Apollo 13 in Real Time のトランスクリプトに基づいています。出典:https://apolloinrealtime.org/13/
アポロ13号の爆発事故
爆発により外壁が吹き飛び、内部構造があらわになったアポロ13号 Credit: NASA
ビートルズ解散発表の翌日、1970年4月11日、アポロ13号は3名の船員を乗せ、米中部時間13時13分にケネディ宇宙センターから打ち上げられました。直後、エンジン同士の予期せぬ共振によって第2段ロケット中央エンジンが早期停止しましたが、残りのエンジンが燃焼時間を自動調節することで軌道修正し、宇宙船は無事、月へと向かう遷移軌道へと入っていきました。
ミッション開始から46時間43分、管制室にいた通信担当ジョー・カーウィンは「涙が出るほど退屈だ(We’re bored to tears down here.)」と漏らしました。この時のアポロ13号は、これまでのアポロ計画の中で最も順調に思えるほど安定していたのです。
ロケット打ち上げから二日後、4月13日20時59分、地球のテレビ画面では、船員たちの快適な生活と仕事の様子が放送されていました。船長のラヴェルは約20万マイル離れた無重力空間から私たちのいる地球に向け、番組の終わりと共に夜の訪れを告げました。「月着陸船アクエリアスの検査を終え、司令船オデッセイで心地よい夜を過ごす準備が整いました。おやすみなさい(We’re just about ready to close out our inspection of Aquarius and get back for a pleasant evening in Odyssey. Good night.)」
しかしその9分後、船内に鈍い衝撃音が響き渡りました。
━━突如として心地よい夜は終わりを向かえ、長く過酷な常夜の旅が始まりを告げたのです。
警告灯が点滅する中、ラヴェル船長は2基ある酸素タンクのうち、片方の酸素量が0になっているのを確認しました。ラヴェルは偶然、窓の外に目を向けました。「船が何かを……宇宙に放出している(We are venting something out into the – into space.)」それはまさにラヴェルたちが乗っているこの船、アポロ13号から放たれているものでした。「何らかのガスだ(It’s a gas of some sort.)」
残り1つとなった酸素タンクの圧力計の数値が、急速に減少していました。
有人宇宙飛行史上、最も深刻な状況
4月14日深夜1時、CBSニュースで緊急特番が始まりました。有人宇宙船センター副所長クラフトは記者会見に登壇すると、アポロ13号の現状を記者団に説明しました。「有人宇宙飛行史上、最も深刻な状況です(As serious situation as we’ve ever had in manned spaceflight.)」
様々なデータを基に救出方法を考える管制官たち Credit: NASA
地上の管制官たちは突如、これまでにないほど深刻な状況に直面しました。彼らはここヒューストンから20万マイルも離れた無重力空間で浮遊する損傷した宇宙船を完璧に制御し、3人の船員たちを無事生還させなければならないのです。まさに暗中模索ともいえる厳しい状況の中、管制官たちは船の損傷状態、残された資源、そして、どのような軌道に乗せるべきかについて素早く、けれども慎重に協議しました。ほんの少しでも誤った推論があれば、すべてが最悪の結末を迎えてしまうのです。
救助方法の一つとして考えられたのが、月着陸船アクエリアスを起動し、これを救命ボートとして使用する「救命ボート作戦」でした。不幸中の幸い、月へ到達する前に爆発したおかげで、月着陸船アクエリアスには酸素も電力も万全な状態で残されていました。管制官たちは船から送られてくるリアルタイムデータを基にシミュレーションを実施し、どのように月着陸船を起動し、司令船は停止させた状態で操縦するのか、その手順を1から作成していきました。
爆発事故から1時間29分後、管制室にいる通信担当ラウスマは、残り1つとなった酸素タンクの残量データを確認しました。「徐々にゼロに近づいてる(It is slowly going to zero)」すでに指令船の動力は残り15分を切っていました。
無線越しにラウスマが告げます。「救命ボート作戦について考え始めている(we are starting to think about the LM lifeboat.)」
指令船パイロットのスウィガードが答えました。「私たちも考えていたところです(That’s what we have been thinking about too.)
帰還方法が決定しました。月着陸船パイロットのヘイズはすぐに酸素と水の流れを切り替え、電気系統を有効化しました。「月着陸船の電源が入ったよ(I got LM power on.)」通常3時間はかかる工程を、ヘイズは15分で完了させました。
3名の船員が月着陸船へと乗り移ると、ラヴェル船長が指令船を完全停止させます。「オデッセイの電力を完全に切った(Odyssey is completely powered down)」
船員たちはひとまず無事に、動力不足からは逃れることができたのです━━
分身・予知・平行世界?! 不可能を可能にしたデジタルツイン技術
しかし長く安堵している余裕はありません。「2人乗りの月着陸船に、3人の船員を4日間乗せるにはどうするか?」「月着陸船のエンジンだけで、どうやって帰還軌道に乗せるか?」「残されたわずかな電力で、どうやって司令船を起動させるか?」管制官たちは、遥か彼方20万マイル離れた宇宙船の状態を絶え間なく正確に把握し、船員たちに的確な指示を出していく必要がありました。
それを可能としたのが当時「Living Model(生きる模型)」と呼ばれていたシミュレーションモデル、すなわち現代の「デジタルツイン技術」なのです。
分身 - 20万マイル先の宇宙船を把握せよ!
事故の発生直後、何よりも先に管制官たちは「データ通信の維持」について懸念しました。宇宙に浮かぶアポロ13号がどこにいて、何が無事で、何が使えないのか、直接目視することはできません。
爆発によって通信システムが破壊されていたとしたら、船員を助けられる可能性はほとんど無くなってしまいます。管制官たちは画面を流れ続けるログ、数値の一つ一つを注視し、わずかな異常も見逃さないよう監視し続けました。データ通信の維持は、この地球と、途方もなく遠く離れたアポロ13号とを結ぶ、目には見えない生命線だったのです。
このリアルタイムデータこそが『分身』とも呼べる、デジタルツインを実現するために必要不可欠な要素。これは50年以上経過した現代のデジタルツイン技術でも変わらない最重要事項なのです。
未来予知 - 船の行く末を正確に読み解け!
管制官たちは観測データから、帰還軌道に船を乗せるための、エンジン噴射手順を作成しました。あとは実際に船から星を観測することで、計算結果と本来の座標に間違いがないか確かめるだけです。
しかし爆発の影響で船体の破片が宙を舞っており、指標となる星が観測できなくなっていました。そこで管制官たちは代わりに太陽を基準とした整列手順「Earth-Sun P52」を作成しました。ですが太陽は通常の星と比べてあまりに巨大なため、計算誤差が懸念されたのです。
ラヴェル船長は不安を口にしながらも、手順通りに船を回転させ、光学望遠鏡を覗き込みました。「見つけたぞ!(We’ve got it!)」その誤差わずか0.5度未満。太陽は計算通りの位置にありました。デジタルツインの通信技術が『未来予知』ともいえる計算精度を可能にしていたのです。
平行世界 - 限られた時間内に最適解を導き出せ!
アポロ13号に残された大きな課題は「完全停止した指令船オデッセイを、大気圏突入に必要な電力を残しながら再起動させること」でした。大気圏突入までに残された日数は3日。通常であれば3か月かかる指令船の再起動手順を3日間で完成させなければなりません。
この重大な任務にあたったのは、ロケット打ち上げ数日前に風しんの疑いで船員交代していたケン・マッティングリーでした。本来、指令船パイロットとなる予定だったケンは誰よりも、再起動手順の作成に適した人物だったのです。
ケンは指令船を再現した模擬船にこもり、いくつもの『平行世界』を体験しました。電力不足での起動失敗を幾度となく繰り返すなか、ついにケンは、必要な電力を残したまま指令船を起動させる方法を見つけたのです。
大気圏突入まで残り16時間。再起動手順はケンが直接伝えることになりました。「ハロー、アクエリアス。こちらヒューストン。聞こえますか?(Hello, Aquarius; Houston. How do you read?)」指令船パイロットのスウィガードが答えます。「大丈夫。とてもよく聞こえるよ、ケン(Okay. Very good, Ken.)」爆発事故から4日以上経過し、船員も管制官たちもすでに満身創痍。それでも最後の力を奮い立たせて、大気圏突入のための準備を進めていきました。
大気圏突入2分前、通信担当ジョー・カーウィンが、突入時の通信停止時間を知らせます。「通信停止は1分か1分半程度だ(LOS is about a minute or a minute and a half)」 カーウィンは続けて「それと(and)」突入前最後の言葉をかけました。「おかえり(welcome home.)」
「ありがとう(Thank you.)」スウィガードが答えます。
アポロ13号はついに、大気圏へと突入したのです━━
そして帰還
船が大気圏に突入し、通信が途絶えて3分、想定した時間からはすでに大幅な時間が過ぎており、何度無線で呼びかけても返答はありませんでした。通信が復帰するのを待ち望んでいるのは、もはや管制官たちだけではありません。マスコミと、テレビやラジオを通じて見守る世界中の人々、そして何よりも、船員の家族たちでした。
海面に着水したアポロ13号 Credit: NASA
通信停止から4分経過後、突如、通信信号の回復を検知しました。
通信担当ジョー・カーウィンがすかさず尋ねます。「オデッセイ、こちらヒューストン待機中。どうぞ(Odyssey, Houston standing by. Over.)」
無線機の向こうから、スウィガードの声が返ってきました。「大丈夫だよ、ジョー(Okay, Joe.)」
船員たちは無事、大気圏突入を成功させたのです。管制室が歓声で包まれました。「よし(Okay.)」カーウィンがスウィガードに、安堵の声をかけます。「みんな聞いてるよ(We read you)」
1970年4月17日18時07分、ロケットの打ち上げから1週間後、ついに船はパラシュートを広げて太平洋に着水、待機していた回収部隊に救助されました。
まだデジタルツインという概念も生まれていない時代に、20万マイル離れた宇宙船とリアルタイムで交信を続け、限られた時間の中で救出手順を作成し、そして全員が無事生還できた。これはまさしく、人類史上初めてかつ最も壮大なデジタルツインの実例なのです。
デジタルツインがつくる価値
「リアルタイムデータ」の重要性は、IoTやビッグデータが注目される現代においても変わりません。
デジタルツインソリューション「ZeugMa」は、リアルタイムデータをもとに仮想空間上に“生きたモデル”を構築し、状況の可視化だけでなく、将来の予測や最適化までを可能にします。製造業における設備の異常検知や、物流・インフラ領域における運用の最適化など、その活用範囲は広がり続けています。
「ZeugMa」が行っているのは、アポロ計画の管制室で行われていたことの現代版です。当時のデジタルツインと異なるのは、データとテクノロジーの飛躍的な進化によって、これまで人の経験や勘に頼っていた判断を、より正確で迅速な意思決定へと強化している点です。
現代のデジタルツイン技術は単なる数値データだけにとどまらず、3Dデータとなって本当の分身のように目の前に現れます。設備の搬入ルートや災害時の倒壊リスク、工場の効率的な導線設計など、鮮明に目で見てわかる具体的な将来予測を可能にします。
現代の技術力ではもはや、デジタルツインは特別な技術ではありません。次にその価値を活かすのは、あなたの現場です。
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